「そのうち戻る」が一番危なかった。薄毛に気づいて最初にやったこと

薄毛・AGA

何気ない毎日が、こんなに愛おしいとは思わなかった

薄毛が気になり始めた頃、ある日ふと、THE 虎舞竜『ロード』のあのメロディが頭の中で流れてきました。

何気ない毎日って、こんなに幸せだったのか——と。

まさか自分の頭皮をきっかけに、90年代の名曲を噛みしめる日が来るとは思ってもみませんでした。

人生、どこで泣かされるか分かりませんよね。

とはいえ、笑ってばかりもいられませんでした。

当時の私が自分に言い聞かせていたのは、「まだ大丈夫」「そのうち戻るだろう」。

今振り返ると、この一言で先延ばしにしていた時間こそが、いちばん危なかったと思っています。

※この記事はすべて私個人の体験・感想です。合う・合わないには個人差があります。

最初の一歩は、「まだ大丈夫」を手放すことだった

はっきり気づく前の「気のせいかもしれない時期」って、いちばん動きにくいと思いませんか?

決定的じゃないから、つい放置してしまう。

でも、その先延ばしにした時間だけは、あとから取り戻せませんでした。

だから最初にお伝えしたいのは、テクニックではありません。

「まだ大丈夫」という思い込みを、まず外すこと。

話はそこからでした。

やらなくてよかったこと①:洗面台が“実験場”になった

思い込みを外したあと、私が最初にやったのは——今思えば「やらなくてよかったこと」でした。

とにかく自己流で、情報をかき集めたんです。

広告でよく見かけるシャンプー、地肌をきれいにするというトリートメント。

気になったものを片っぱしから買って、気づけば洗面台がちょっとした新商品の実験場になっていました。

SNSや友人には、こういうことほど相談しにくいんですよね。

だから、ひたすらインターネット頼みでした。

手軽さにも弱くて、安いスプレータイプのものにも手を出しました。

ところが、頭皮を助けるはずが、なぜか先に肌のほうが音を上げてしまって。

私の場合は肌が荒れただけで、実感できる変化もなく、結局やめました。

これはあくまで私個人の結果です。合う人もいると思いますが、少なくとも私には向いていなかったようです。

気づけば、調べて試しているだけで何週間も過ぎていました。

動いているつもりで、一歩も進んでいなかったんです。

最初にやるべきは、たった1つ。「これは何なのか」を知る

遠回りの末にたどり着いたのは、拍子抜けするほどシンプルな気づきでした。

そもそも私は、これがAGAなのか、コロナのあとの一時的なものなのか、自分ではまったく分かっていなかったんです。

原因が分からないままだと、どうなると思いますか?

要らないお金を使い続けるし、延々と調べる手間も終わらないし、そもそも自分に合った方法も選べません。

だったら、あれこれ試す前に、まず「これは何なのか」を知るのが先だ、と。

やることを、ひとまずこの1つに絞りました。

薄毛と一口に言っても、背景は人それぞれで、素人が自己判断するのは簡単ではありません。

だからこそ、自分で答えを出そうとするより、きちんとした相手に見てもらう。

この順番が何より大事だと痛感しました。

店舗の前で、勝手にサスペンス映画を撮っていた

とはいえ、そこで立ちはだかったのが「恥ずかしさ」でした。

相談する場所って、たいてい入り口に“それっぽい”名前がついているんですよね。

その道中や、ビルに入っていく瞬間を知人に見られたらどうしよう。

気になっている人に知られたら。受付でばったり知り合いに会ったら——。

私はこの「最悪のケース」を次から次へと妄想して、頭の中で勝手にサスペンス映画を一本撮り上げていました。

要するに、店舗に行くこと=薄毛を自分で認めること。

それが当時はどうしても嫌だったんです。この感覚、分かってもらえますか?

オンラインという逃げ道…いや、選択肢を見つけた

そんなときに知ったのが、オンラインで相談・診療を受けられる仕組みでした。

自宅から写真を送って、画面越しに話すだけ。

外出も要らず、待合室で誰かと顔を合わせる心配もありません。

私のように「人目」で足が止まってしまうタイプには、この手軽さが、動けるかどうかを分ける大きなポイントでした。

踏み出してみて、まず「安心」が手に入った

実際にやってみて感じたのは、「原因が分からないと、結局その先の何も選べない」ということでした。

原因が分かってはじめて、今の状態を受け止めて、次を考えられる。

そこに一歩踏み出せたことで、まず“一歩目の安心”が手に入ったんです。

もちろん、ショックもあります。

「ああ、自分はそういう状態なのか」と受け入れる瞬間は、正直きつい。

でも、あいまいな不安を抱えたまま何年も過ごすより、ずっとよかったと思っています。

当時の私は30代前半でした。

正直、70歳や80歳で薄くなるなら「まあいいか」と思えます。

でも、ここから何十年も、この悩みを気にしながら生きていくのか——そう考えたとき、だったら向き合おう、と腹が決まりました。

これは見た目だけの話ではありません。

私にとっては何より“メンタルへの投資”という感覚が、いちばん大きかったんです。

もう一つ、当時の私に言ってあげたいことがあります。

情報を追っていると、あちこちで「あれはダメ、これがいい」という声に振り回されますよね。

気になっているときほど、その渦に飲まれてしまう。安かろう悪かろうもあります。

でも、どの方法がいいかを選ぶ前に、まず「自分が本当にそうなのか」を確かめる。

それだけで、一歩目の安心は手に入ります。

今日、やることは1つだけでいい

もし今、あの頃の私と同じように「そのうち戻るだろう」と自分に言い聞かせているなら——いきなり「治そう」と気負う必要はありません。

今日やることは、たった1つでいいんです。

あれこれ試すのは一旦やめて、まず「これは何なのか」を知る。それだけ。

何気ない毎日を取り戻す入り口は、その小さな一歩の先にあると、私は思っています。

名曲を噛みしめるのは、カラオケだけで十分ですからね。

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